今現状、1人暮らしをしていて、家に独りでいる事がほぼ当たり前になりつつある。
俺は家族が多い分、こういった孤独に対する免疫は少ない。
かといって、こっちで生活を辞める訳でもなくやって来れたのは、きっと家族とか友人のお陰なんだな。
簡単に手を繋げるくらい近くで感じられなきゃ、生きていても死んでるのと同じだ。
そんな風に誰かが言って俺もその通りだって感じてた。
久し振りに電話かけた友達とか家族とか。
相変わらずだったりそうじゃなかったりしてて。
俺は俺でいつも通り強がってんだけど、その電話は孤独の裏返しで。
俺がいない時間、生活。それは今もずっと流れてて、それでもさ、ほら、長い夏休みの始業式前日の気持ちっていうかさ。そういう気持ちで会える事って良いと思う。
俺の知らない時間であいつはずいぶん変わったなとかさ。
いつだってどこにいたって孤独は同じなんだ俺の場合は。
それでも、生きていたいと思う。いや、そう思って欲しい。
誰もが平等に孤独で、それを知ったから孤独じゃなくなったんじゃねーかな。人類は。
このままじゃオチないよな
うんこ
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階段、前を行く女子高生のヒラヒラ踊るスカートの中で見え隠れするパンツ。
もしくは、
自転車、前を行く女子高生のまくれあがったスカート、節操無くその姿を露わにするパンツ。
どちらがより優れてリビドーを呼び起こすのだろうか。
紐パンが良いのか、Tバックがいいのか、はたまた、短パンをはいていて欲しいのか。
そもそも、スカートってなんだ?
あのなんとも頼りない筒状の布切れ。あきらかに防御力は低い。
なぜ、リビドーするのか教えてください。
今更ながら実写版もうりょうの箱見ました。
脚本は原作と相当違ってた
加奈子より頼子の方が可愛い事にショックです。
そして、久保が大胆過ぎる。
やりすぎです。
しかも、久保と美馬坂が繋がってるとか出来過ぎでしょ。
なんか、仕掛けが台無しです。
完全に原作読んでない人向き。
しかも、見た人は確実に原作を勘違いしちゃう。
姑獲鳥の夏よりはましだったけど。
もともと、京極夏彦の作品は小説だからこそ有効な仕掛け(全てあって無いようなものですが)が多いので難しいよ。姑獲鳥の夏なんか特にそう。
次もし映画化するなら狂骨の夢。多分、あれが一番映像化しやすいだろう。
確実に15禁だろう。
鉄鼠の檻なんて、映画にしても少しもおもろくないだろうな。